定年おやじのセカンドライフ

生きている実感はありますか?

ため池

わが家の田んぼがある集落では、農業用水を山の麓に点在する「ため池」に依存している。それぞれのため池は、そこから利水する田んぼの所有者と耕作者が総出で、周辺の草刈りと水路の清掃を毎年、田植え前に行っている。

 

6月上旬の日曜日、二週続けてこの作業に参加した。二つのため池から利水しているからだ。ため池の名前は、「大池」「大江池」。名前のとおり周囲が数百メートルもある大きな池だ。法面は広く、傾斜がきつい。

 

いずれも参加者は30~40人。この大半は我が家も含め耕作していない。

AM8時、一斉に草刈り機で伸び放題の雑草を刈り、山から延びる水路に堆積した落ち葉と泥を取り除いた。約2時間後作業は終了。

ため池の周囲がきれいになり、水路の水が勢いよく流れ始めた。疲れたが気持ちのいいものだった。

 

法面の草刈りは、足の踏ん張りが効かないと転落の危険があるので、我々高齢者にはかなりの重労働だ。今年は膝に不安を抱えていたが、「なんとか耐えてくれて」ホッとしている。

 

「米作りをやめた」「新たな耕作者が見つからない」などの話題が増えた。

米価が値下がりし採算が取れなくなった、という。大型農機の寿命がきたが、買い替えの高額投資はもうできない、とも。

 

休耕田が増えたため水の需要は年々減っているが、ため池は豪雨対策や生態系の維持などに大きな役割を果たしている。

先人の苦労と知恵に思いを致すと共に、田んぼを所有している負担の大きさを実感している。