定年おやじのセカンドライフ

生きている実感はありますか?

田畑の名義人の「住所変更登記」を自分でやってみました

今年の4月1日から不動産の相続登記が義務化された。

不動産の所有者が変わった場合も、2026年4月から登記が義務化される。

 

これを機に、50数年前に父親から相続した田畑の名義人の住所変更登記を、自分で手続きしてみた。

相続登記後、転勤で5回住所を変わったが、登記を変更しないままにしていたからだ。

 

法務局のホームページにある申請書の記載例と解説を参考に、申請書を作成。

疑問点は予約制の電話相談を利用したが、丁寧に教えてもらった。これはいい制度と思う。

住所の変更を証明する書面には、2回以上住所を変更していたので「住民票の写し」は使えず、本籍地の市役所まで行き「戸籍の附票の写し」をとらざるを得なかった。本籍地が遠方のケースは手間がかかるが、近隣なのでラッキーだった。

 

レターパックに申請書類と返信用レターパックを同封し、不動産を管轄する登記所に郵送した。事前のチェックはしてもらえない。ミスがあると手間取るので心配だったが、1週間後に「登記完了証」を受理。費用も最低限で済み、ささやかな達成感を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

「昭和」の日に思うこと




終戦の翌年に生まれたので、昭和の時代が年齢の過半を占める。

「昭和」ですぐに脳裏に浮かぶのが、昭和30年代の故郷の情景だ。

 

当事のモノクロ写真を時折見て、回想を楽しんでいる。

写真の周囲に広がるわが家や農村の風景は、何度見ても飽きない。

生活は貧しかったが、人と動物や昆虫が自然のなかで「共生」し、生きていたからだ。

 

粗末な紙の障子、小屋から顔を出したヤギや鶏、わら束の山、今も残る柿の木・・・。

記憶はどんどん広がり、幸せな気分になる。

 

子供も多かった。近くの海や山で遊んだ。年上からいろんな遊びを教わり、自身も年下に伝えた。遊び道具は自分たちで工夫して作った。

魚釣り、トンボやかぶと虫捕り。遠浅の海ではアサリやクルマエビなどがたくさん獲れた。海水から塩を採る塩田もあった。

 

田植えなどの農作業はどの家も家族総出で、子供も貴重な労働力だった。

田んぼのそばで皆と食べた昼食はとても美味しかった。

一面に菜の花と麦畑が広がり、そのなかの道を白装束のお遍路さんが歩くのどかな風景は、春の風物詩だった。

 

今は休耕田が増え、わが家の田んぼも例外ではない。あの豊かな海は望むべくもなく、里山は荒れ、塩田跡のは太陽光パネルが並ぶ。

時代の流れとは言え、残念でならない。

 

俳句の思い出

<Nさんの残した俳句>

近所にある小高い「権現山公園」の主と言われたNさん。

毎日、早朝から愛犬(ロク)と公園のベンチに座っていた。

10数年前は、みんなで花見をしていた。ペット連れで賑やかだった。

だが、愛犬が亡くなり、Nさんも数年前に逝去。仲間のMさんと愛犬(モコ)も天国に旅立った。

コロナを境に、近くの大学の学生達も姿を見せなくなった。ここで新入生の歓迎会やサークルの集まりをよくしていたのだが。

今はNさんが俳句を書いた球状の器が、ポツンと残されているだけだ。

 

「権現山の四季」

春:桜吹雪 舞い散る春や 花見酒

夏:藤棚や 木陰慕いて 皆集う

秋:茜満ち 夕日沈むや 玄界灘

冬:寒空に 我が意思通す 水仙

 

<今は亡きN先生が、教え子である我々の花見に参加された時の歌>

「それぞれに 花びらの降る 同期会」

2009.4.5

 

割りばしの紙袋に走り書きしてもらった。この袋は今も大切に持っている。

 

我々は中学の同級生。当時63歳。「私は70歳を超えた」と先生。

先生になり最初の赴任が我々の中学校だった。音楽を習った。

悪ガキが多かったので、授業中新米先生を困らせ泣かせたことがあり、この日笑顔で「仲直りの握手」をした。忘れられない思い出だ。

先生は新聞の地方文芸欄の俳句の選者でもあった。数年後、先生の訃報の記事を見つけた。選者について連絡を先延ばしにしていた、ことが今も悔やまれる。

 

般若心経

毎朝、仏前で手を合わせている。

最近これに「般若心経」を暗誦することが加わった。

特に信心深いわけではない。自分や家族の健康と安全を祈ることで、安心して一日がスタートできるからだ。

 

きっかけは昨年、母の遺品から「般若心経」の古い教本見つけたこと。

何気なくページをめくるうち、「色即是空」などの言葉にがぜん興味がわいた。わずか262文字という簡潔さにも魅かれた。

秋穂八十八か所霊場がある地域で育ったので、お遍路さんの姿やお経の声は日常のことだった。

 

当初、言葉の意味を理解しながら暗記を試みたが、難解で歯が立たず断念。やむをえず丸暗記することにしたものの、覚えてはすぐに忘れる繰り返しで、記憶力の衰えを思い知らされた。

半年ちかくかけてようやく暗誦できるまでにこぎつけた。苦労しただけに達成感があった。意味はよくわからなくても、声をだして唱えると心が安らぐのだ。

 

今後は難解な意味をわかるようになりたいし、写経にもトライしてみたい。

私にとって「般若心経」に親しむことは、衰えが目立つ自身の記憶力、好奇心、集中力などへの挑戦でもある。

 

NHKラジオ深夜便「拝啓 お元気ですか」



3月28日(木)PM11時からのNHKラジオ深夜便」で、自身の投稿が読まれた。

「拝啓お元気ですか」から書き始めるお便り募集に、「天国の愛犬ランちゃん」への思いを葉書1枚にまとめ、応募したものだ。

 

応募総数200通超。採用されたか否かは聞いて初めてわかるので、ドキドキ感がある。前半の1時間が経過するも読まれず。後半に入り12時半、「山口県下関市の・・さんからのお便りです」の声。別室で聴いていた妻が飛んで来た。良かった!

 

深夜のしじまのなか耳をすました。上手な朗読に感動した。嬉しいコメントもあった。

山本アンカーが山口県出身だったのも何かの縁か。

ランちゃんが逝ってもうすぐ4年。いい供養になった。

多数の応募から選ばれた幸運に感謝!

 

大学受かりました

孫娘Aちゃんが第一志望の大学に合格した。

朝から雨の3月5日(火)午前10時すぎ、妻が「ラインに入っちょった」と興奮した声で知らせに来た。

合格していればそろそろ、と内心思っていたので「ヤッタ!」と直感。

妻の示す画面に「大学受かりました」の短い文章があった。

 

実は3年前の高校合格者発表の時も、朗報は妻の声だった。

庭でテニスのラケットの素振りをしていたら、妻の「合格したよ」の喜々とした声。

その再現を、父母の仏前で毎朝、お願いしていた。彼女が可愛がっていた愛犬の墓の前でも「幸運に力を貸して」と手を合わせていた。実家のすぐそばにあるお大師様にも。

 

大学入学共通テストはあまり良くなかった、と聞いていたが、なぜかいい予感があった。「運」を持つているように感じていたからだ。

 

桜の開花より一足早く「サクラサク!」

冷たい雨音が祝福の音楽のように聞こえてきた。

「生きていればいいこともある」

 

<Aちゃんとのメールのやりとり>

「合格おめでとう。塾にも行かずよく頑張ったね。

大学4年間は人生で最も自由で楽しい時です。どうか、目標をもって勉学はもちろん、部活やバイトなどにも挑戦してください。生涯の友人もつくってください。

いつも応援しているよ。本当によかった!おめでとう!」

 

「じいちゃん、ありがとう。本当に嬉しいです。大学に入学してからもいろんなことに挑戦していきます。

頑張るね!ありがとう」

株、史上最高値更新



2月22日、日経平均株価があっさり、史上最高値をつけた。終値は3万9098円。

1989年12月29日に記録した最高値(終値3万8915円)を34年2カ月ぶりに更新したのだ。

長かった!「新たな風景」を見られるとは思わなかっただけに、実に感慨深い。

 

34年前は銀行で自社株に関する仕事をしていた。当時の高揚感に比べ、今回は冷静に受け止めているように思える。

財テク土地神話、株式持ち合い、総会屋・・・。バブル時代のキーワードだ。

 

バブル崩壊以降、自身、零細投資家として「もうかった」成功体験はほとんどない。保有株式の含み損が増え、塩づけを余儀なくされた。

リーマンショックの2009年には、日経平均株価が値下がりし、泣く泣く損切りもした。「ゼロになることはない」と持ち続けた株が、ようやく日の目を見た思いだ。

 

最近驚いたことは、トヨタグループの持ち合い株売却と大手損保保有の政策投資株売却の報道だ。いずれも企業防衛や営業面で日本型経営の象徴だったからだ。

 

冷静に見ると、株価はようやく34年前の水準に戻ったにすぎない。生活実感との乖離は大きいが、新NISAも始まった。

個人投資家が報われる時期が到来したようで、明日からが楽しみだ。