「絆」に象徴される2011年がもうすぐ終わる。
日本はかってない試練に見舞われた。
我が家の2011年は、早朝6時半、母の転倒を知らせる緊急電話で明けた。
以来、「携帯が鳴るのが怖い」緊張した毎日が続く。
良くも悪くも、生きる実感を味わった1年だった。
黒文字や赤線で埋まった手帳が、その足跡を物語る。
最大の悲しみは、義父母二人との永遠の別れ。エンデイング・ノートを買ったのはこの時だった。
大きな喜びは、東京マラソンを自己新記録で完走できたこと。応援の妻や息子夫婦とのいい思い出になった。
市民ランナー川内選手の存在をこの時初めて知った。12月、福岡国際マラソンで同選手がみせたくれた感動を大手新聞に投稿、「東京走った縁、川内選手を応援」の見出しで掲載された。
国家資格検定にもチャレンジ、本当の学ぶ楽しさを知った。
そんななか、いつもそばでやさしく見守ってくれたのが、愛犬だ。
行方不明となり、存在感をいやというほど思い知らされたのは、寒風が身にしみる1月下旬だった。
3日後に再会できたのは奇跡に近い。
趣味のマラソンやテニスなどを通じた、若者との交流も貴重だった。
地元の大学で就職アドバイザーとして学生サポートするなかで、「人の役にたつ喜び」を何度も味わうことができた。
12月、運転免許証の更新をした。
次回の更新は5年後で70歳になる。「その時俺は?」新しい免許証を手にして、否応なく年齢を意識せざるを得なかった。
プロスキーヤー・三浦雄一郎氏も言っていたが、孫の話でもして老いていく、そんな毎日は送りたくない。
自分の人生を生きている気がしないからだ。
誰にも明日は保障されていない。
来年はこれまで以上に「人の役にたちたい」。
心からそう思う。
「正月は冥土の旅の一里塚」