定年おやじのセカンドライフ

生きている実感はありますか?

父の思い出(52回目の命日)

8月26日は54歳で亡くなった父の52回目の命日だった。

年々、父の記憶が薄れる中、古いアルバムに父が釣りをするモノクロ写真を見つけた。

この写真が当時の思い出をたぐりよせてくれた。

 

時は昭和30年代前半。海釣りに夢中だった。「お盆の間は殺生をしてはいけない」という母の言葉も耳に入らなかった。

父とよく近くの海に釣りに行った。夜釣りも楽しかった。ウナギやたこの捕り方、伝馬船の櫓の漕ぎ方などを教えてくれた。

 

すぐ近くが瀬戸内の海。潮が引くと遠浅の干潟が現れた。あさり、クルマエビ、シャコ、たこ、はぜ、チヌ、ウナギ、カブトガニ・・・。魚介類の宝庫だった。

 

小舟で沖の岩場まで父と釣りに行った帰り、海が急に荒れ始め、櫓でこぐ小舟はなかなか岸に近づけなかった。とても怖かったが、父は冷静に櫓を操り乗り切った。海軍で鍛えた父がとても頼もしかった。

 

夏の夜は外に背もたれイスを持ち出し、星空を眺めながら涼んでいた父。

周囲は田んぼでひんやりした風が心地良かった。

思えば、豊かな自然に恵まれた贅沢な日々だった。

 

「墓じまい」、いまだ決断できず

今年のお盆も「墓じまい」を決断できないまま迎えた。

 

お盆の14日早朝、両親の墓参りをした。

その墓は家から歩いて10分もかからない「村落の共同墓地」にある。北隣は母の実家の墓で、私の祖父母や叔父、叔母が眠る。妻がお盆前の共同作業に参加し、草刈りや掃除を済ませていた。

わが家で育てた花やシキミを活け、一人手を合わせると、皆が元気だった頃の光景が次々に脳裏に浮かんできた。

 

この墓は56年前、母が苦労して建てたものだ。「お父さんの墓を早く建てなければ」と母は必死だった。その母も7年前に亡くなり、この墓に納骨した。

孫達とよく墓参りをしてきた。手を合わせるといつも心が洗われる。

 

15年前、近くの菩提寺が納骨堂を建設した際、お寺とのお付き合いもあり一区画を購入した。自身が後期高齢者となり、納骨堂に父母の遺骨を移す「墓じまい」を真剣に考え始めた。遠方にいる子供たちが、墓を維持管理することは難しからだ。

 

妻からは「早くしたら」とせかされるが、この墓には母の思いがこもっているうえ、墓参りの良さも捨てがたく、なかなか決断できずにいる。

夏の太陽に照らされた、人影のない墓地を見回すと、墓じまいの跡や雑草が伸び放題の墓も目立った。

 

今も悩んでいる。

畑の中の宝探し

山口市内にある実家の田畑を維持管理している。

実家に隣接した100坪の畑は妻が管理し、年間を通し無農薬の野菜や四季折々の花を栽培している。

 

先日炎暑の下、妻と夏野菜の一部を収穫した。

春先に植えた、ゴーヤ、キュウリ、トマト、メロンなどだ。

二週間ぶりに見る畑は様相が一変、雑草と野菜やコスモスが競うように伸び、繁茂していた。上空に高く伸びた枝についたゴーヤとキュウリは、緑の葉と同色なので、目の前にぶら下がっていてすぐには気づかない。見つかると「あった!」と思わず声に出る。

今年は例年以上に探すのに手間がかかる。数本のゴーヤとキュウリを近くに植えたので、ツルが双方に広がり、絡み合い、緑の小山を形成したからだ、

 

伸び放題の雑草をかき分けながらのスイカやメロン探しも、わくわくする。

妻は「大きなメロンを二個見つけたよ」と大喜びだった。

玉の汗を流しながら「まるで宝探しだな」とこぼす私に、妻は「これが楽しいのよ」とキッパリ。畑の宝探しはこれからが本場だ。

 

安倍元首相撃たれ死亡


7月8日午前11時半頃、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

安倍元首相が奈良で選挙応援中銃撃され、死亡した。67歳。

犯人は元自衛官の41歳の男。参院選最中の、手製の銃を使用した蛮行だった。

翌日の朝刊には読売・日経ともに、同じ大見出しが躍った

 

当たり前の日常が突然、壊されたようで、日を追うごとに喪失感が深まる。

昭恵夫人はどんなに驚かれたことか?」妻はテレビを見ながら何度もつぶやいた。

思えば、昭恵夫人は2010年の下関海響マラソンに仲間と「チームA」として参加されていた。多くの市民ランナーと気さくに交流され、人気を集めていた場面が印象に残る。

 

先の山口県阿武町の誤送金事件では「オンラインカジノ」が、そして今回は「旧統一教会」が一気にクローズアップされている。いずれも馴染みがなかったが、静かに、深く社会に浸透していた現実に驚いた。

そういえば大学入学時キャンパスで、盛んに勧誘活動をしていた「原理研究会」というサークルがあったことを思い出す。

生起する事象には必ず「原因」がある。多面的・徹底的に原因を究明してほしい。

「朝に紅顔ありて、夕べに白骨となる」

 

ご冥福を心からお祈りいたします。

13年間のブログを1冊の本にできた

「ブログを続けていて良かった!」

ブログの製本サービスを利用し、届いた本を手にした時の感想だ。

自分のブログを「紙でも読みたい」と、これまで投稿した文章と写真をプリントアウトしていた。サポート窓口で「製本サービス」の存在を知り、即座に申し込んだ。

届いた本は、期待どうりの出来栄えだった。手続きが簡単で、表紙にお気に入りの写真が使えたのも良かった。

 

42年間勤めた会社の退職を機に、2009年3月からブログに挑戦した。セカンドライフを何倍も楽しみたいと思ったからだ。

初回の投稿では次のように結んでいる。

「果たして、退職挨拶状に書いたようなライフスタイルを実現できるのか?どんな新たな出会いや展開があるのか?そんな日常の出来事や心象風景を書いていくつもりです」

 

爾来13年余り。何度も挫折しかけた。3年前には利用していたブログが終了、「はてなブログ」への移転を余儀なくされた。

日々の喜怒哀楽を文章と写真で切り取ることで、新たな力がわいてくる。

紙の持つ一覧性は捨てがたい。人生の軌跡が俯瞰でき、手軽に読み返せる。

どこを開いても当時の様子がまざまざと蘇る。お蔭で、づログを書く意欲がさらに高まった。

 

本書の題名は「定年おやじのセカンドライフ」。「75歳の壁」を超えたので、次回は「定年おやじのサードライフ」にしようと考えている。





 

サボテンの花が咲きました!

しばし暑さを忘れる「一幅の清涼剤」のようだった。

6月27日AM10時すぎ、実家の中庭にあるサボテンの花が咲いた。

これまでめったに見ることがなかったので、開花に巡り合えたのは幸運だった。

 

鮮やかな黄色の花で、大きさは約5センチ。花弁はロウ細工のような光沢があった。

鋭いとげに覆われている体からは想像もできない、「美しさ」に感動した。

 

このサボテンは20~30年前に鉢植えから地面に移植した。

驚くのは、その後ほったらかし状態にもかかわらず、庭の片隅でひっそりと命をつなぎ、しかも


増殖していることだ。

そばにはこの庭で半世紀を生き抜き、今も増殖を続ける「イワヒバ」もある。植物の生命力の不思議さにがぜん興味がわいてきた。

 

 

桐の木

実家の玄関脇の桐の木が、今年も大きな葉をつけた。

高さは人の背丈ぐらい、葉は30~40センチ六角形でハート形に近い。

「植えたのですか?」とよく聞かれるが、5年前に自生したものだ。

多分、鳥が種を運んで来たのだろう。

 

一度は切ろうとして、思いとどまった。桐の木が玄関とよくマッチしているうえ、好きだったテレビ番組「水戸黄門」の「葵の御紋」を連想させ、家の「お守り」のように思えるからだ。

 

落葉する秋に、幹や枝を短く剪定している。冬は枯れ木同然になるにもかかわらず、春になると新芽をつけ、グングン成長する。旺盛な生命力に感動する。

 

葉を食べる大きな黒い幼虫が、蝶になるのを楽しみに観察していた。ネットで調べると蛾の幼虫とわかり、夫婦で落胆したこともある。

 

そんな桐の木が、生態系や自然現象の不思議さに興味を深めてくれた。

今後は


夫婦で植物や生物を注意深く観察し、感動を味わいたい。

これは、「人生100年時代」にふさわしい喜びと思う。